生きづらさと役割意識

人はそれぞれ、何かしらの「役割」の中で生きていることが多い。

  • しっかりした人
  • 頼られる人
  • 空気を読む人
  • ちゃんとしている人
  • 面白い人

こうした役割は、分かりやすく社会の中に位置を作ってくれる。


ただ、この役割が強くなりすぎると、
「自分がどうありたいか」よりも「その役割を守れるか」が優先されるようになる。


たとえば、本当は疲れていても、
「ちゃんとした人」でいようとして無理をする。

本当は分からないことがあっても、
「頼られる人」でいようとして弱さを見せられない。


こうして役割が前に出てくると、
自分の自然な反応よりも「期待されている自分」が基準になる。


この状態が続くと、
自分の中にいくつかの“キャラクター”ができていく。

そしてそのキャラクターを崩さないように振る舞うことが、無意識の前提になる。


でも本来、役割というのは環境の中で生まれた一時的なものでもある。

状況が変われば変わっていいものだし、
一つに固定される必要もない。


ただ、生きづらさが強くなると、
この役割が「自分そのもの」と混ざってしまうことがある。

  • 自分=ちゃんとしている人
  • 自分=できる人
  • 自分=弱音を吐かない人

こうなると、その役割から外れることに強い違和感が出てくる。


本当はただの振る舞いなのに、
それが自分の価値と結びついてしまう。


その結果、無理をしてでも役割を維持しようとするようになる。

そしてその積み重ねが、じわじわと生きづらさにつながっていく。


逆に言えば、役割は「自分そのもの」ではなく、
状況に応じて変わっていいものだと気づけると、少し楽になる。


役割を演じること自体が悪いわけではない。
ただ、それを固定された自分だと思わないことが大事になる。


生きづらさの一部は、
「役割」と「自分」をどれだけ同一視しているかによって変わっていくのかもしれない。

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