「大器晩成」という言葉がある。
周りが結果を出していく中で、
自分だけが取り残されているように感じるとき、
この言葉に救われることがある。
今はまだ途中。
時間がかかるタイプなんだと思えるからだ。
実際、物事には“時間差”がある。
すぐに結果が出るものもあれば、
積み上げがある程度まとまってから、
一気に表に出るものもある。
後者は、途中の段階では何も起きていないように見える。
だから不安になる。
本当にこのままでいいのか。
この努力は意味があるのか。
そう思うのは自然なことだと思う。
ただ、ここで一つ大事な視点がある。
大器晩成は、
何もしていなくても報われるという話ではない。
積み上げが見えるまでに時間がかかるタイプがある、という話である。
そして、時間がかかるということは、
それまでに多くの経験をしているということでもある。
うまくいかない期間が長い分、
壁にぶつかる回数も多い。
その中で、どうすれば崩れるのか、
どこでつまずくのかを知っていく。
早く結果を出した人には見えにくいものを、
時間をかけた人は見ている。
だから、人のつまずきが分かる。
苦しさの種類も分かる。
自分が何度もこけている分、
どこに気をつければいいのかも分かっていく。
これは、遅れているのではなく、
見えている範囲が違うということだ。
速さは分かりやすい指標ではある。
ただ、それだけで価値が決まるわけではない。
時間がかかることには、
その分だけ蓄積されるものがある。
だから、今結果が出ていないことと、
価値がないことはイコールではない。
水面下で続いているものがあるなら、
それは確実に後につながる。
逆に言えば、
自分の中で何も積み上がっていない感覚があるなら、
そこは一度見直した方がいい。
この二つは、似ているようで全く違う。
大器晩成という言葉は、
ただ待つためのものではない。
でも同時に、
今しんどい状況を否定するための言葉でもない。
むしろ、
今すぐ結果が出ていない人が、
折れずに進むための言葉である。
周りと同じスピードで進めないことは、
遅れていることとイコールではない。
見え方が違うだけで、
進み方が違うだけで、
後から形になるものもある。
だから、今しんどいなら、しんどいままでいい。
その上で、
ほんの少しでも積み上がっているものがあるか。
そこだけを見ていけばいい。
大器晩成は、
未来の話ではなく、今の見方を支える言葉である。

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