陽キャ、陰キャという言葉があります。
この言葉を使う人の多くは、
無意識にこう思っています。
自分は明るい。
社交的だ。
だから、あなたより上だ。
そういう前提が、すでにある。
でも、それは本当に「性格」でしょうか。
明るく振る舞える場所にいるだけかもしれない。
社交的に見える環境に適応しているだけかもしれない。
逆に言えば、
合わない場所にいれば、誰でも黙るし、崩れる。
それでも、うまくいかない側だけが
「性格の問題」として処理される。
もっと明るくなればいい。
もっと気にしなければいい。
もっと強くなればいい。
そうやって、問題はすべて個人に押し込まれる。
明るくなくても、人は人望を集めることができる。
社交的じゃなくても、営業で結果を出している人はいる。
つまり、陽キャ・陰キャという分類と、
実際の価値や能力は一致していない。
それでも、このラベルは強く使われる。
なぜか。
分かりやすいからです。
「明るい=良い」
「暗い=ダメ」
そうやって単純化した方が、
人を判断するのが楽になる。
でもそれは、社会全体の思い込みです。
本来はもっと多様で、
一つの軸で測れるものではないのに、
無理やり当てはめているだけ。
その結果、ズレている人が
「性格の問題」として処理される。
でも実際に起きているのは、
性格の問題ではなく「ズレ」です。
環境と、自分の前提のズレ。
そこが合っていないだけなのに、
人はそれを「性格」で説明してしまう。
だから苦しくなる。
変えるべきは性格ではなく、
どこで、どう在るか。
その視点がない限り、
同じ場所で同じ違和感を繰り返すことになる。

コメント